自治体の環境美化課に勤める私にとって、ゴミ屋敷の行政代執行は最も重く、そして避けたい業務の一つです。机上の理論では、住民の安全を守るための正当な法的権利の行使ですが、現場で直面するのは一人の人間の人生そのものだからです。私が担当したある高齢男性のケースでは、代執行の当日、彼は自宅の玄関先に座り込み、「これに手を触れるな、これは俺の宝物だ」と涙ながらに訴えていました。私たちから見ればただの悪臭を放つ廃棄物であっても、彼にとっては一つ一つに思い出があり、自分の存在を証明するための依り代だったのかもしれません。行政代執行を決定するまでには、それこそ数えきれないほどの訪問と対話がありました。認知症の疑いはないか、福祉サービスを導入できないか、親族に協力は仰げないか。あらゆる手段を講じ、それでも改善の見込みがなく、近隣から「これ以上放置するなら訴える」という悲鳴に近い苦情が寄せられたとき、私たちは苦渋の決断を下します。代執行には多額の公金が投入されます。作業員の人件費、トラックのレンタル代、ゴミの処理費用。これらは原則として居住者に請求されますが、支払い能力がないことが多く、最終的には税金で補填される形になります。納税者の納得を得るためにも、執行は完璧でなければなりません。しかし、物理的なゴミを取り除いた後、彼をどう支えていくかが本当の難問です。執行後に生活環境が改善し、感謝の言葉を口にする人もいれば、生きがいを失ったように塞ぎ込んでしまう人もいます。行政代執行は、行政の敗北でもあります。対話によって自発的な片付けを促せなかったという事実が、私たちの心に重くのしかかります。それでも、周辺住民の命と健康を守るためには、誰かが悪役にならなければならない。重機が動き出し、ゴミの山が崩れていく音を聞きながら、私はいつも、この社会から「行政代執行が必要な場所」をなくすために何ができるのかを自問し続けています。
行政代執行の現場を指揮する公務員の葛藤と責任