私は、かつて自分の家に行政代執行を受けた一人です。今、こうして清潔なアパートの一室でペンを執っていますが、あの日、私の世界が重機によって壊された瞬間のことは、生涯忘れることはないでしょう。私にとって、あの家にあるすべての物は、失ってしまった家族との思い出であり、社会から拒絶された私を温めてくれる唯一の毛布でした。ゴミ?いいえ、私にとっては命そのものだったのです。役所の人が何度も来て、優しく、時には厳しく話しかけてくれたのは知っています。でも、一袋でも捨ててしまったら、自分の人生がすべて崩れてしまうような気がして、どうしても首を縦に振ることはできませんでした。代執行の当日、私は奥の部屋で震えていました。ドアを叩く音、窓を破る音、そして私の大切な「宝物」たちがトラックに投げ込まれる音。それは、私の心臓を素手で掴まれるような痛みでした。すべてが終わった後、空っぽになった部屋に立たされたとき、私は「これで死ぬしかない」と思いました。守るべきものが何もなくなり、恥を晒され、ただの惨めな老人として放り出されたと感じたからです。しかし、その後、役所の担当の方が、毎日欠かさず私のところへ通ってくれました。「これからは、ゴミじゃなくて、人と一緒に生きていきましょう」と言ってくれた。正直、最初は恨みしかありませんでしたが、何もない部屋で過ごすうちに、私はゴミに守られていたのではなく、ゴミに縛り付けられていたのだと気づき始めました。行政代執行は、私にとっては人生で最大の絶望でしたが、今思えば、それは私が自力では抜け出せなかった地獄から、力ずくで引きずり出してくれる「救い」でもあったのです。今、私は週に一度、地域の掃除ボランティアに参加しています。ゴミを拾うたびに、かつての自分を拾い上げているような気持ちになります。代執行は残酷です。でも、その後に差し出される手があるならば、それは再生への第一歩になるのです。
ゴミ屋敷の持ち主が見つめる行政代執行という絶望と光