ゴミ屋敷という深刻な問題の根を探っていくと、その芽が本人の遠い記憶、すなわち幼少期の家庭環境に深く根ざしているケースが少なくありません。大人になってからの不可解な行動は、実は子ども時代に身につけてしまった、自分を守るための悲しい生存戦略のなれの果てなのかもしれません。現在の部屋の状態は、過去から続く満たされなかった心の渇きを、静かに映し出しているのです。 その代表的なパターンが、親からの愛情や関心が十分に得られなかったという経験です。子どもは、親から無条件の愛情を注がれることで、「自分は価値のある存在だ」という自己肯定感の土台を築きます。しかし、親が多忙であったり、精神的に不安定であったりして、この愛情が不足すると、子どもは心の隙間を埋めるための代替品を探し始めます。その最も手軽な代替品が「物」です。物は決して自分を裏切らない、叱らない、常にそこにいてくれる。この絶対的な安心感が、親からの愛情の代わりとなり、心の安定剤のような役割を果たすのです。この感覚が大人になっても続くと、不安や寂しさを感じるたびに物を買い集め、手放せなくなるという行動に繋がっていきます。 また、親の価値観が、子どもの行動様式を無意識のうちに縛っている場合もあります。例えば、親自身が「もったいない」という言葉を過度に使い、何でも溜め込むタイプだったとします。そのような環境で育った子どもは、「物を捨てることは、悪いことだ」「使えるものを手放すなんて、とんでもない」という価値観を、まるで空気のように吸い込んで成長します。その結果、片付いていない乱雑な状態が、その子にとっての「当たり前」の基準となってしまい、大人になっても自分の部屋が異常な状態であるという認識すら持てなくなってしまうのです。 さらに、家庭環境が不安定で、子どもが安心できる場所ではなかった場合、自分の部屋とそこに集めた「物」だけが、唯一心安らぐシェルターとなることがあります。物に囲まれることで、外部からの刺激や脅威から身を守るバリケードを築き、自分だけの安全な城を作り上げる。この子ども時代の防衛機制が、大人になってからも無意識に働き続け、ストレスに晒されると物を溜め込んで安心感を得ようとする行動に繋がるのです。ゴミ屋敷という問題の根を断ち切るには、ただ物を捨てるだけでなく、その背景にある幼い頃の自分の心の傷に気づき、癒していくという、深い内面の旅が必要なのかもしれません。
幼い頃の心の傷がゴミ屋敷を作る