実家や兄弟の家がゴミ屋敷になっていると知ったとき、「家族として何とかしなければ」と、自力での片付けを手伝おうと考えるのは、愛情ゆえの自然な行動です。しかし、その善意が、時として本人を深く傷つけ、家族関係に修復不可能な亀裂を生じさせてしまう危険性があることを、私たちは知っておかなければなりません。家族が手伝うからこそ、守るべきデリケートな境界線が存在するのです。 まず、絶対にやってはいけないのが、本人の許可なく物を捨てることです。手伝う側から見れば、それは明らかなゴミかもしれません。しかし、本人にとっては、一つ一つが大切な思い出の品であり、自分の人生の一部なのです。それを勝手に「ガラクタ」と断じて捨ててしまう行為は、本人の人格やこれまで生きてきた歴史そのものを否定するに等しい、最も残酷な暴力となり得ます。「あなたのためを思って」という言葉は、この状況では何の免罪符にもなりません。全ての物について、必ず本人の意思を確認し、その判断を尊重する姿勢が、信頼関係を維持するための最低限のルールです. 次に気をつけたいのが、非難や説教の言葉を口にしないことです。「なぜこんなになるまで放っておいたの」「普通はこうするものでしょう」といった正論は、何の解決にも繋がりません。むしろ、本人を追い詰め、心を固く閉ざさせてしまうだけです。ゴミ屋敷という状況は、本人が一番苦しみ、悩んでいる結果なのです。手伝う家族に必要なのは、裁判官のように善悪をジャッジすることではなく、ただ黙って隣でゴミ袋を開き、「これはどうする?」と静かに問いかける、伴走者としての役割です. そして、意外と見落としがちなのが、本人のペースを無視して、手伝う側が主導権を握ってしまうことです。良かれと思ってテキパキと作業を進めても、本人がそのスピードについていけず、自分の意思とは関係なく物事が進んでいく状況に、無力感や疎外感を覚えてしまうことがあります。あくまでも主役は、その家に住む本人です。家族は、本人が「手伝ってほしい」と求めた部分だけをサポートする、黒子に徹するべきなのです。 家族による自力での片付けは、壊れた関係を修復する機会にもなれば、完全に関係を破壊する引き金にもなります。もし、少しでも対話が難しいと感じたり、本人の抵抗が強いと感じたりしたならば、一度立ち止まる勇気も必要です。その場合は、家族だけで抱え込まず、専門業者やカウンセラーといった第三者を間に入れることが、結果的に本人と家族、双方を守るための最善の策となるのです。