ゴミ屋敷の問題を心理的な側面から見つめるとき、私たちはつい、溜め込み症やうつ病といった、特定の心の病に原因を求めがちです。しかし、現代社会においては、もっと身近で、誰の身にも起こりうる「脳の疲労」が、気づかぬうちに部屋をゴミで埋め尽くす引き金になっているのかもしれません。そのキーワードが、「判断疲れ(ディシジョン・ファティーグ)」です。 私たちは、朝起きてから夜眠るまで、絶え間なく無数の選択と決断を繰り返しながら生きています。今日着る服、朝食のメニュー、どのルートで通勤するか、無数に届くメールにどう返信するか。一つ一つの決断は些細なものに見えますが、私たちの脳は、そのたびに精神的なエネルギー、いわゆる「ウィルパワー」を消費しています。そして、このエネルギーは無限ではなく、一日の終わりが近づくにつれて、確実に枯渇していくのです。 この脳が疲れ切った状態で、私たちは家に帰り、散らかった部屋を目の当たりにします。そして「片付けなければ」と思うのですが、ここからが問題です。「片付ける」という行為は、実は非常に高度で複雑な判断の連続作業なのです。「この書類は必要か、不要か」「この服はまだ着るか、もう着ないか」「これは燃えるゴミか、粗大ゴミか」。こうした一つ一つの判断を下すためには、残り少なくなった精神的エネルギーをさらに振り絞らなければなりません。 判断疲れに陥った脳は、この面倒な作業から逃れるために、最もエネルギー消費の少ない、楽な選択肢を選ぼうとします。それが、「とりあえず、ここに置いておこう」という先延ばしです。捨てるかどうかの判断を保留し、問題を未来の自分に丸投げする。この小さな先延ばしが、一日、また一日と積み重なっていくうちに、床には物が溢れ、テーブルの上には書類の山が築かれ、やがては自分でもコントロールできないほどのゴミ屋敷へと変貌を遂げてしまうのです。 この状態は、本人の意志の弱さや怠慢が原因なのではありません。むしろ、日々の生活や仕事に真面目に取り組み、精神的エネルギーを使い果たしてしまった結果とも言えます。もし、部屋の乱れが自分の手に負えなくなっていると感じたら、それはあなたの脳が休息を求めているサインなのかもしれません。意志の力で何とかしようとするのではなく、まずは自分自身が疲弊していることを認め、専門家などの外部の力を借りて、心と空間をリセットすることも、現代を生きる私たちにとって必要な選択肢の一つなのです。